THE VOID AWAED 2024

今年もVOID編集部による年間ベストテンを発表します。こうして一年を総括することはエンターテイメントとしてだけではなく、時間経過と共に思わず忘却してしまう大切な出来事や記憶を留める意味においても重要な行為だと信じて選考しました。2024年は、能登半島地震に始まり、大きくは米大統領選と自民党派閥の政治資金をめぐる諸問題が世間の話題を集めた印象です。例年に違わず慌ただしい一年となりましたが、時代の潮流に惑わされず、小さくても着実に歩みを進めるための10のトピックが並んだはずです。

藤井光の新作は、公募によって選ばれた数十人の佐伯市民が三日間に渡るWSを行ったのち、桜ホールで撮影後、鶴見は丹賀砲台の弾薬庫にて公開された。
1945年8月15日。言葉にならない感情を吐露する老若男女が三つのモニター(記憶のレイヤーとしての奥行き)に映出され、鑑賞者はこの地で起きた悲劇を追体験することになる。佐伯市もわずか80年前は戦地だった、という史実をひたすら突き付けてくる怪作。弾薬庫に反響する若い兵士のシャウトが、私たちに刷り込まれた「戦後」という言葉が持つイメージの真偽を問う

第8位 ANI

映像作家、透析患者、参政党員、クリスチャンで結成された異色のラップクルー「ANI」の鮮烈なデビューライブの噂は、瞬く間に街中を駆け回り、皆の知れる存在となった。10月には初のMVを撮り下ろし、二回目のライブも無事に(なんとか)成功させた。
持ち歌は三曲しかないにも関わらず、30分枠でのライブを強行する特攻精神はローカルヒップホップの鏡だ。3年後にフルアルバムをリリース予定らしいので、今からその活動を追ってほしい。百聞は一見にしかず、年明け早々彼らが出演するイベントの詳細を待ちたい。

サイキシミンが年を追うごとに忙しくなっているのは、楽曲とライブが広く評価され始めたから、に他ならない。特筆すべきは、彼らがフリーターの20代ではないことだ。妻子ある中年バンドが、まるでネクストブレイク枠を競う大学生バンドのような勢いでブッキングを受けている。しかも、居住地は陸の孤島こと大分県佐伯市である。これは全国的に見ても極めて稀な例ではないか。
さて、7月に発表した3rdアルバムもリスナーの期待を上回る充実した完成度だったため、急遽としてトークライブが企画された。が、肝心のトークは脱線を繰り返し、当初の予定を大きく逸した3時間を超えて、せっかく来てくれた観客を落胆させた。反省を踏まえて行われた二回目のトークライブは、リーダーの大谷が不在のせいで大した内容にはならなかった。

『シビル・ウォー』『関心領域』『悪は存在しない』など幾つかの話題作を選びたい気持ちを抑えてランクインした『チャレンジャーズ』は、久し振りに「ただ面白いだけのふざけた新作」を観た気分にさせてくれた。そうだ、かつて芸術はその無用性にこそ価値があったはずだ。
ますます情報の操り人形になる私たちが過ちを犯さない為には、誰のものでもない自分だけの思想を持つ必要がある。だからSNSを閉じ、しがらみの人間関係から抜け出し、静かな音楽を聴き、イカした映画を観て、悲しい本を読もう。そこには、誰にでも分かるように言語化された情報はない。だけど、世界の複雑さを想像させてくれる。いつかの旅先の景色や、亡くなった友達、異国の生活、過去と未来に想いを馳せることが出来る。

るんるん寮に国内留学しに来た東京多摩川の16歳は、予定を超過して佐伯市に滞在した。ファンキーニラ農家でアルバイトをし、柴田モータースで絵を描き、佐伯の高校生と同じ釜の飯を食べた。無口で無表情で無愛想で、それが天才っぽさを演出していて格好良かった。
MAKAI国民体育祭では、欠員の代役としてその場で顔を白く塗り、魔界ルールの卓球をやらされていた。後半は疲れて隅でうずくまっている姿を見て、どういうつもりでこの町に来たのか、これが望んでた留学体験なのか、周囲の大人は不安になった。

スポーツ選手やラッパー、政治家、お笑い芸人でさえも、スタートアップ的な価値観を持って立ち振る舞う姿勢がスタンダードになって久しい。それは時に新しいカルチャーを作り、然るべき新陳代謝を促した。しかしこの行き過ぎた潮流が、全体を奥行きのない成り上がりゲームにしてしまったのも事実だ。
M-1でのバッテリィズは、そういったトレンドのカウンターとして大きなインパクトを残した。とろサーモンや錦鯉のような中年芸人が、時代とのズレをカウンターとして昇華したのとは意味合いが異なる。ここでは、満を持して現れた現役令和世代のカウンター・ヒーローを祝福したい。

「菊姫さまになるのが夢でした」という新世代の菊姫の誕生は、公募によって年に一度選ばれる菊姫さまがこの街に暮らす少女たちの羨望の的になったことの証左であり、現実が伝説と同期した瞬間となった。
当時20代半ばだった船頭町有志がこの行事をはじめた時、彼女は小学生で、それから毎年のように菊姫さまを憧れの眼差しで見つめ続けてきた。
偉大な菊姫の誕生によって第二幕へと歩みを進めた菊姫行列は、これからも継続することでしか展開されない物語を私たちに見せてくれるだろう。

まずは大分市と佐伯市を行ったり来たりしながらPOPUPを展開し続けた持久力にビガップ!シンプルなTシャツから始まったブランドがハイグレードなナイロンベストやドリズラージャケットを発表するまでに前進し、「川元がやりたかったこと」の全貌が少しずつ垣間見えてきた年となった。
ハイセンスなビジュアルフォトはいつも楽しませてくれたし、熱のこもった新作を発表し続けることで確実に信用を積み重ねていった。その勢いはしばらく落ち着きそうにない。

広島はヲルガン座を主宰するゴトウイズミの偉才さを説明するのは複雑怪奇なため割愛するとして(この1年間で目の当たりにしただけでもアコーディオン奏者、脚本家、見せ物小屋バンド、踊り子、パフォーマー、MCを兼任していた。更に純喫茶を経営し、全国規模でイベントをオーガナイズしている)、ここではゴトウが「推し活」と称して魔界フェスやサイキシミンと懇親になったことで、広く甚大な影響を与えたことのみを記したい。
アングラ界で突出したスターであり重要人物が、田舎町のボンクラたちに対して、過剰に敬意を払った態度で接してくるのは、すなわち異様だ。今でも不可解だが、分からないことは分からないままで良いと教えてくれたのもゴトウである。それも決して野暮なことは言わず、すべてステージ上から伝えてくる。
彼女のステージは、瞬間のひらめきや感情を音楽と身体表現に落とし込んだまさにLIVE、写真や動画には映らない美しさがある。それは言葉にも還元できないものだ。つまり、〈”感動”とは極めて個人的な体験で、誰にも侵されず共有されない〉という事実を突き付ける、時に孤独で残酷な表現である。その存在のあまりの大きさを前に、誤って「劇団魔界」を結成してしまったのも記憶に新しい。ゴトウの影響下で、また一つ余計な命が芽吹いた。
とにかく、VOIDにとって2024年はゴトウイズミの年だった。ただいま編集中の映像作品が完成したら、ここに書いてあることの意味が少しは分かるだろう。

年間MVPは、新たに地域おこし協力隊に就任した森悟に決定した。協力隊としての動きも加点されてはいるが、実際の評価はそれ以外が大きい。第9位『終戦の日』では主役に抜擢され、桑原ひな乃の個展ではインスタレーションの映像制作でラインプロデューサーを担当した。柴田モータース跡地をギャラリー兼住居として再始動させ、自主制作のZINEも発表。協力隊としては、葛港の空き家をリノベーション中である。実兄の森勇と立ち上げた「となりびと」にも期待したい。
フットワークの軽さもあって多方面から声が掛かるが、彼のキャパシティはそこまで広くはない。とはいえ、初モノは使い倒されるのがこの街の掟で、しばらく逃れることができないだろう。今年のブレークをキッカケに、来年以降も大きく羽ばたいてほしい。

WORST シュート

誰にでも優しくて、誰からも愛される奴っているだろう?良い加減でだらしないんだけど、放って置けない憎めない奴が。あなたの町にもいるはずだ。佐伯市では、もう10年近くシュートがその役割を担っている。そう、これは組織における役職みたいなもので、自分の意思だけでは降りれないようになっているらしい。
そして、2024年に関しては、そういうシュートの個性がすべて裏目に出た。
私たちは早急に彼の後継者を見付けて、その役割を終えてもらう必要がある。このポストは10年も続けるものではない。


第11位 岡真理『ガザとは何か パレスチナを知るための緊急講義』

リアルタイムで起きてるジェノサイドを、遠い国のよく分からない出来事だと割り切るのに居心地が悪くなった人から順に読んだ『ガザとは何か』は、ことの本質の一旦を丁寧に教えてくれる現代の必読書だ。

第12位 桑原ひな乃

初の個展『carve the sea』と「Art Fair Beppu 2023」を成功させた桑原は、疾風怒濤の一年を過ごしたことだろう。更に来年2月には「ARTISTS’ FAIR KYOTO 2025」が待機し、近々大きな飛躍が予想される。

第13位 オーランクラフトビール

早くも名店としての風格を漂わせる佐伯市初のクラフトビール「オーランクラフトビール」の誕生は、この街の夜の社交場界隈にとって今年1番のサプライズになった。

第14位 夫婦即興劇〜渡家と小栗栖家〜

実際の夫婦関係にある二組の男女が、即興芝居で「家庭」を描くというスリリングな試みは、当然のように地獄みたいな瞬間が訪れてヒリヒリした。

第15位 熊谷拓明『長い箸休め』

自分が生まれ育った町で鑑賞しているにも関わらず「望郷」の感情を抱くのは、熊谷の舞台でしか経験がない。個人的な記憶を懐かしむとは違う、潜在的にある「懐かしさのイメージ」を掘り起こされる。

第16位 joe-常- ワンマンライブ『Atarayo Party』

第17位 泰尊/TAISONG-薩摩キッド唄旅秋の夕-

2024年は、joeのワンマンライブから始まった。みんなでスピーカーや照明を持ち寄ってcoffee5をクラブにし、その経験が泰尊のツアーにつながった。彼らのおかげで、ヒップホップとローカルの相性の良さを実感した年になった。

第18位 埼玉西武ライオンズ(6.11広島戦)

歴史的大敗を屈した今季の西武ライオンズは、「スポーツは敗者こそ美しい」という持論を強化してくれた。6.11広島戦で見せた源田と今井の涙のことだ。

第19位 坪内一家@cafe koyomi

年に一度の恒例になっているcafe koyomiでの坪内一家のライブは、今回も多幸感あふれるカオスで素晴らしかった。

第20位 プランツガレージマーケット

えこう市での苦難を乗り越えて、決して小さくはないムーブメントをイリノベガレージで作り上げたのには感動した。今山にはアジトが必要だったのだと思う。


編集後記

大変だったことも楽しかったことも、いつも通りたくさんあった。本当はもっといろんな思い出を書きたいんだけど、疲れたので終わります。来年は、さっそく1月からル・パンダ・ハウスでヤバい企画があるので宜しくお願いします!それでは、良いお年を〜。

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