歌い出すアルバム vol.3

大分県佐伯市産ロックンロールバンド「サイキシミン」のボーカルギター、大谷慎之介が自身が書いた歌詞をインスピレーションに、写真で切り取り物語を紡いでゆく歌詞×写真×短編物語。

その名も「歌い出すアルバム」。の第3回目。

「晴美、結婚おめでとう。お祝いにお前が大好きなお父さんの右腕をプレゼントするよ。」

と言うと、父は私に自分の千切れた右腕を差し出した。

「本当に?嬉しい!お父さんありがとう!」

と泣いて喜んだところで目が覚めた。

夢から覚めた私は泣いてはいなかったが、こんなに気持ち悪い夢のおかげで、とても暖かい気持ちになっていた。

カーテンを開けると、一晩で別の国に来てしまったのかと思うほど、辺り一面真っ白な雪に包まれていた。

父は私が大学1年生の時に他界した。丁度今日のような雪の日だった。

遠方の大学に進学していた私は、父危篤の知らせを聞いて急いで空港に向かった。雪は降っていたものの運良く飛行機は飛んでいた。空港に着いて搭乗の順番を待つ間、何を考えればいいのかわからなかった。お土産売り場を行ったり来たりしながら、ただ一刻も早く父の元へ向かいたい一心だった。

それを邪魔しているかのようにのんびり案内している空港のスタッフや呑気な観光客や家族連れに、強烈な苛立ちを覚えた。

病院に着いた時には父はすでに亡くなっていて、母と妹と亡き父のいる病室で私はひとしきり泣いた。

父はいわゆる普通の人だった。

容姿、能力、才能、経済力等で全日本人男性の平均を取ったとしたら、その丁度真ん中にいるだろうと思わせるくらい普通だった。

毎日決まった時間に仕事に行き、毎日決まった時間に家に帰ってくる。家ではテレビを観て晩酌をして眠り、また次の普通の日を生きていく。交友関係は全くの不明で、父の友人が自宅を訪ねてくるなんていうことは一度もなかった。休みの日は家の中でテレビを観て過ごすことがほとんどで、外出といえば時折母の付き添いで出かける程度だったと思う。

ただただ何もない一日を無意識に、職人のごとく積み重ねながら生きているように私には思えた。

そんな父にも趣味はあった。

いや、それを趣味と言っていいのかはわからないが、時々アコースティックギターを自分の部屋で弾いている音が聞こえた。私が小さい時には父がギターを弾き、私が歌いほぼ毎日楽しくセッションしていたと母から聞かされたが私はそれをあまり覚えていない。

父のギターについての思い出は、勉強中に隣の部屋からジャカジャカ聞こえてきてうるさいなぁと思ったことくらいで、私は父のギターに全くもって無関心だった。

性格の激しい妹は父の部屋をバーンと開け「もう!うるさい!」とよく苦情を言いに行っていたが、私は無関心ではあったものの別にそこまで嫌ではなかった。

それでも一つだけ覚えていることがある。それは、小さい時に聴かせてくれた父の自作の歌がとても面白くて大好きだったことだ。どんな歌だったか詳しくは思い出せないが、その歌の中の「イメージの中の〜」という歌詞を私は「しめーじのなかの〜」と歌っていた。きのこ類のしめじ。そう歌うと父がとても嬉しそうに笑ってくれていたので、何度も「弾いて!」とせがみ、父は何度もギターを弾いてくれた。

父にとってギターは、自分で歌を作るほど好きなことだったのかと思うと、あの普通を絵に描いたようなKing of 普通の父にとってのギターとは、音楽とはどんな存在だったのだろうか。今となっては知る由もない。

私は小さい時、父の右腕を触るのが大好きだった。

ソファに並んで座っている時、ゴロゴロしている時、眠る時、いつも父の右腕を触っていた。

父の右腕には安心感が詰まっていた。幼稚園で嫌なことがあっても、母に怒られて泣いていても、父の右腕を触っていればすぐに眠ることができた。

父の右腕は私の宝物だった。

だから父はきっと夢に出てきてまで、私に右腕をくれようとしたのだと思う。

もちろん父はもういないので父の意思ではないことは理解しているし、よく考えれば、いや、よく考えなくても、右腕のプレゼントなんて気持ち悪い話なのだけど、そんなことは関係ないくらい、夢の中の父が私に右腕をプレゼントしてくれようとしたことが、なんだか今日の私にはとても心地が良かった。

父と最後に連絡をとったのは、父が亡くなる1週間ほど前だった。

私の実家がある地域では滅多に雪が降らない。

時々降ることはあっても、積もることは十年に一度くらいだと父は言っていた。

そんな雪の降らない街に珍しく雪が積もった日に、父がメールを送ってきてくれたのだった。

「晴美、元気ですか?今日は何をしているのかな?

 こちらは珍しく雪が積もりました。

 前に雪が積もったのは十年くらい前かな?

 晴美と庭で遊んだことを思い出しました。」

今日は私の結婚式だ。

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『イメージ』  作詞・作曲:大谷慎之介

朝に生まれたあなたを 初めて抱きしめた夜は

誰にも会わず誰とも話さず 一人でビールを飲みました

長く過ごしたあなたの 笑えるほどの愛おしさは

あなたのいない今更に 胸の奥を刺しました

イメージの中の イメージの中の

過去はこれからも最高で

イメージの中の イメージの中の

明日はこれからも最高で

夢を叶えたあなたに 笑顔で出会えますように

そんなあなたは世界一 涙の似合う人でした

イメージの中の イメージの中の

過去はこれからも最高で

イメージの中の イメージの中の

明日はこれからも最高で

ここで生まれたあなたは 今どこで何をしていますか?

この間とても久しぶりに ここにも雪が降りました

ここにも雪が降りました

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