THE VOID AWARD 2023

ロシアの侵攻続くウクライナでの戦争と、パレスチナ・イスラエルの戦争によって、2023年は歴史にその名を刻まれた。国内ではマイナンバーカードとインボイス制度の是非が大きな爪痕を残すことになりそうだ。また、東京五輪に引き続き、劣悪な裏側がめくれても誰も止められない大阪万博も留意したい。混沌へと歩みを加速させる世の中を背に、VOID編集部は今年もオリジナルな基準でのベストテンを選考した。

第10位 剱持麟太郎(taco night vol.8)

西大分のSTRAGE ROOMで行われたtaco night vol.8は、山形県に帰省したリンタローに向けたサプライズ映像の上映後、ビデオ通話でリンタローの姿をスクリーンに投影し、サイキシミンのライブを一緒に鑑賞する、という粋な演出が目を引いた。不在だからこそ、その存在を強く感じることができるパラドックスが大きく評価された。今この瞬間の状況を最大限に利用し、参加者も巻き込んでクルーの一員にしてしまうtaco nightの真骨頂といえるイベントだったと思う。尚、赤フン山岡のカレー道場はこの日をピークに下降線をたどり、中断となった。

第9位 舐達麻「FEEL OR BEEF BADPOP IS DEAD」

シーンで最も影響力のあるBADHOPと舐達麻を中心にしたBEEFは、周囲の裏社会の住人たちの反応も含めてHIPHOP史に残る騒動へと発展している。特筆すべきは、SNSによって内情がリアルタイムで可視化されること、その真偽をめぐって展開がめまぐるしく移り変わることだ。しかし、インターネットの情報に価値はない。重要なのは、このBEEFがどんな結末を迎えようとも、2023年を代表する曲といえば「FEEL OR BEEF BADPOP IS DEAD」以外に考えられない、ということだ。歴史が証明するように、このBEEFがどんな結末を迎えようと、後世に残るのは作品だけだ。

第8位 佐伯港街バル

桜ホールの最多動員を更新した「日韓フェス」の廣瀬と山本による次の舞台は、佐伯市の老朽化した市場だった。夜になれば暗闇が周囲を覆うこの場所に、県内各地からジャズバンド、DJ、飲食店を集結させ、ハイセンスなバルを出現させた。わずか2人で企画運営から会場装飾、ブッキング、宣伝告知と、ほぼ全ての業務を担う離れ業で奇跡みたいな夜を演出した功績は無視できないだろう。よくある地方の町興しイベントとは一線を引くアイデアと実行力、共犯者を作る求心力がこの無謀な賭けを成功に導いた。好評につき、来年5月に再び開催予定となっている。

第7位 全米映画俳優組合(SAG-AFTRA)によるストライキ

従来の映画産業では、出演料の他に二次利用(ソフト化やTV放送など)の際にも印税が発生していたが、AmazonやNetflixといったIT企業はその常識を持たない。また、AI技術による著作、肖像権の侵害についても十分なリテラシーを持たないまま配信全盛時代となったことで、全米の俳優、脚本家が4ヶ月に渡るストライキを敢行したのは必然であった。ひとまず製作会社側とは暫定合意したものの、今後も似たような問題は跡を絶たないだろう。テクノロジーの進化を歓迎する前にモラルの整備は必須だが、多くの資本家は目先の利益のことしか考えていない。ちなみに、日本の映画監督の印税は1.75%で、世界最低基準である。

第6位 つなぐ茶屋カフェテラス

つなぐ茶屋が店舗を拡大し、ランチ営業をスタートさせた。merry kitchen WAWの福本が監修するプレートは、選択制でメイン料理と副菜が選べるようになっており、また、時期によって内容も異なるため何度でも違う味に出会うことができる。ワンプレートに並ぶ料理が多岐に渡るので、その見た目にも気をまわして選んでもらいたい。もちろん、日本茶との相性が考え抜かれたコンセプト・ランチにもなっている。スマートでカジュアルに見えるが、老舗日本茶専門店の事業展開として考えれば、かなり野心的な試みといえるだろう。「ホビーショップキムラ」の跡地に設計された、という地理学的な視点も見逃せないポイントだ。

第5位 joe.-常-

国東市のラッパー、joe.にとって今年は独自のポジションを確立させた一年になった。東出昌大と加瀬亮を混ぜて更に成田凌を足したような男前は、キャリア2年目とは思えない技巧派のラップをメロウなビートに乗せてトップギアのまま走り抜けた。ビッグネームがゲストの幾つかの重要なステージも経験し、フッドスターへの階段を着実に登ったといえるだろう。また、セルフプロデュースも個性的で、ラッパーとしての新しいイメージ像の生成にも期待がかかる。年明け27日には、coffee5で初のワンマンライブが控える県北のファッショニスタから目が離せない。

第4位 熊谷拓明「醒めない熱波」

ダンス劇「醒めない熱波」は、内証的な独白によって展開される一人芝居劇だ。現在へと至るアーティストとしての半生が、くねくねとした奇妙なダンスと共に語られる中で明らかになるのは、今でもまだ幼少期の原体験がこの作家の中心にある、ということだ。私たちが無意識に諦めてきたもの、当たり前に忘れてきたものを、大人になった今も追い求めるが故に直面する現実の退屈さは想像に容易い。そこで熊谷は、原体験を反復することで幼少期からの夢を実現してみせる…。シルクドソレイユのレギュラーにまで上り詰めた孤高のダンサーの語り口は軽快で可笑しいが、切実な言葉と動きには感動を禁じ得ない。観客を選ばず、深く胸に響くだろう普遍性のあるセルフドキュメント劇の傑作。

第3位 ロクディム三部作(大西衿沙)

前年に引き続き上位にランクインしたロクディムだが、その功績の一部は、間違いなく制作の大西によるところがある。アウトリーチも含めると一週間以上に渡ったWS、発表会、そして本公演という常識を逸した規模で行われたこの企画は、ジャンルの特性もあり、決して一筋縄にはいかなかった。が、予想を超えて充実した内容になった。「即興演劇」という敷居な高さ、認知度の低さを考えると、小中学生で満席になった桜ホールの光景は奇跡的といえる。出産予定日の直前までロクディムに帯同し、サポートに尽力したスーパー妊婦を称えて栄えある3位に。無事に生まれた第一子と、今はひと時の育休を楽しんでいるだろう。

第2位 魔界フェス

史上初となる年に2回の開催を果たした魔界フェスは、例年であれば文句なしの1位だったに違いない。よさこいマン、hi, how are you?、ツチヤチカら、ボギー、DEATHRO、カシミールナポレオンと、全国各地のアンダーグラウンド・ヒーローが集結したことで、市内は異様な緊張感に包まれた。このスター軍団が白塗りにし、味嬉喜食堂でごまだしうどんを食べていた時間の尊さは書き留めておきたい。そして、初の出張開催となった廣島死闘編で出会ったカルチャーも我々に大きな衝撃を与えた。来年の魔界フェスへの出場権が与えられた有限会社フィンガーテクニックをはじめ、主宰のゴトウイズミなどの参加が噂される2024年は、広島のDNAが配合された新たな魔界フェスの姿が見られるだろう。

第1位 サプライズ結婚式

サプライズで執り行われたシュートとカズミの結婚式は、この町にとって歴史的な快挙として語り継がれるだろう。coffee5の裏庭は挙式会場と化し、友人たちに見守られる中で、二人は戸惑いながらも永遠を誓った。現代版ロミオとジュリエットの結末は、一旦はハッピーエンドを迎えたといえる。大きな物語の終焉、新たな章の幕開けの合図となった。春先の緑葉の匂いや、温かい陽の光も祝福していたが、シュートの父親の祝電だけは手厳しい内容で、会場に一抹の不安を与えたことも味わい深い。とにかく、世界の中心で愛を誓った二人を差し置いて今年を語る事はできない。5年後、10年後にも影響を与える待望の瞬間に花を添えた手製の十字架、段ボールのレッドカーペット、交換した指輪がアルミホイル製だったことも、この式をより印象深いものにした。

MVP 大瀬良大地、赤フン山岡(同時受賞)

今年のMVPには、CSファイナルステージ第二戦での好投が光った大瀬良大地と、自身のアイデンティティーである赤フンを脱いだチンロックでの山岡が選出。レギュラーシーズンでは期待を裏切る成績に終わった大瀬良だが、今季最終登板での圧巻のピッチングは多くのカープファンの心を揺さぶった。「エース」の称号は、データ上の成績だけでは決まらない。観客の胸を打つプレーこそがプロのアスリートである証左だ。数字では測れない価値ある投球は、年間MVPに相応しい感動を与えてくれた。そして、赤フン山岡が赤フンを脱いだら、それはもうただの山岡だろう。露わになった豆みたいなチンコに飛ばされた「赤ちゃんみたいだな!」の野次がそのことを証明している。赤フン山岡にとって、赤フンを脱ぐことはラストライブでするべきだった唯一の隠し球だが、結成5年目にしてその刀を抜いてしまったことで、来年以降のパファーマンスに影響を与える事は必至。しかし、ラストライブかのようなライブだったことも事実だ。まさに死力を尽くしてチンロックの大トリを務め上げたサイキシミンを代表して、赤フン山岡がMVPに選ばれた。

THE VOID AWARD 2023
第10位 剣持麟太郎
第9位 舐達麻「FEEL OR BEEF BAD POP IS DEAD」
第8位 佐伯港街バル
第7位 全米映画俳優組合(SAG-AFTRA)によるストライキ
第6位 つなぐ茶屋 カフェテリア
第5位 Joe.-常-
第4位 熊谷拓明「醒めない熱波」
第3位 ロクディム三部作(大西衿沙)
第2位 魔界フェス
第1位 サプライズ挙式
MVP 大瀬良大地、赤フン山岡(同時受賞)

編集後記
振り返ってみれば、今年もあっという間の一年でした。日々の生活や仕事に慌ただしく、予定していた幾つかの企画は遂行できず、個人的にはとても納得のできる総括にはならないものの、皆様のおかげで楽しい一年を過ごさせて頂きました。昨今のコンプライアンスを加味して選考には漏れてしまった重大な出来事については、直接のお問い合わせ、又はANIEによる楽曲「DEAD CITY」の配信リリースをお待ちください。それでは、良いお年を。

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