私が探すより先に、向こうからそのおいさんはやってきた。
藤原来来軒でプシュッと発泡酒を開けた『佐伯のおいさん』。
5月の晴れた日、私は恋人と昼食を食べに出かけた。
お店は決めずにふらっと「お昼でもどう?」ってな感じで。スタイリッシュ!
佐伯市内には安くて美味しいお昼ごはんを出すお店がたくさんあるから、ふらっと決められるのがこの街を気に入っている理由の一つでもある。
昔から変わらない定番の定食屋、帰郷して地元の食材を駆使するシェフが営むレストラン、メニューにハズレのない中華料理屋、お昼からカウンターで『佐伯寿司』を楽しめる寿司屋などなど、個人店が本当に元気でありがたい。
この日は「生姜焼きが美味いから!」とオススメされて定食屋さん(夜は居酒屋さん)
『せ川』へ行くことに。
・・・休みだ。
(舌と胃袋が完全に生姜焼きだったので結構つらかったが、恋人に嫌われたくないので、ごねたりお店のガラスを割ったりせずにその場を去った)
笑顔で気を取り直して
すぐお隣の本格イタリアン(ピザ窯のあるおしゃれな店内)
『ポルコロッソ』へ行くことに。「イタリアンもいいよね〜^^」なんて言いながら(心は正直、まだ生姜焼きに未練たらたら)。
・・・休みだ。
(生姜焼き→ピッツァ&パスタ と胃と心の準備をぶんまわされて、一抹の不安を抱えながら)
大丈夫、佐伯にはたくさんの飲食店があるのだ。
もう一度言っておこう。『佐伯市内には安くて美味しいお昼ごはんを出すお店がたくさんあるから、ふらっと決められるのがこの街を気に入っている理由の一つでもある』、よし。
すぐ近くに別のイタリアンのお店があったのを思い出した。
若い女性が営む、割と新しいカジュアルなイタリアン(移転してきたらしい)。
『カフェドカプリ』へ行くことに。(この頃にはさすがに胃も心も切り替えて)
・・・休みだ。
(もう無理かもしれない。こんなにお昼ごはん食べられないなんて、不吉・・・何か案じているの?もしかして恋人とのこの先の運命を・・・?なんて繊細な乙女心を見え隠れさせながら。いや、あれはただの空腹ですね。空腹による不安ですね)
もう少し歩いた先のラーメン屋さんにすがるような思いで、向かった。
正直、前の通りを車で通っても開いているのか閉まっているのかわからないタイプのラーメン屋さん(めちゃくちゃ失礼)だったから、「さっきまでまわってみたお店の中で一番可能性低くね??」と(普段は「〜くね??」とか心の中でも使わないけどこの時は留まる事を知らない定休日地獄に人格まで変えられ)、心の中で呟いていた。
開いてる!!
そして並んでいる・・・!!
もう、何が何でもお昼を食べたい私は生姜焼きも、イタリアンもすっかり忘れ、吸い込まれるように並んだ。
店前のベンチに座って待っていると、私たちの次におじいさんが並んだ。
おじいさんのために少し詰め直してベンチに座ると、軽く一礼してベンチに腰かけ、そして小さなショルダーバッグから発泡酒を取り出し、なんの迷いもなくプシュっと開けてゴクゴクっと飲んだ。
『こ、こ、これは・・・!!!!!佐伯のおいさん!!!発見!!!』
心の感知器が鳴り響く中、
まずはおいさんの容姿を脳裏に焼きつける作業。
稲穂が描かれた旧式な農協の帽子にたくさんポケットがついているベスト。何が入っているのだろう。
肩からかけたバッグは小さめ。縦10cm × 横20cm × まち7~8cmくらい。財布と携帯、鍵なども入っているのだろう。が、まさかここから発泡酒が出てくるとは・・・完全に一本やられました、完敗(ビールだけに)。
がっしりとした体つきだけど高くない背丈。
黒く焼けた肌艶のいいほっぺたや耳。会釈するときに見せたご機嫌な笑顔。
全てが完璧。
Perfect! Excellent! This is 佐伯のおいさん! it’s show time!
(完璧!素晴らしい!これが佐伯のおいさんだ!ショーのはじまりだぜ!)
恋人に「見つけちゃった!!」と目配せするも、
「あぁ、なんかいい感じのおじいさん来たね」みたいな表情。
(え、伝わってないの?これは完全にもう、150%でしょ!)
「いいですね、ビール」と、まずは挨拶。
話を聞いていくと、なんと89歳。パチンコの帰りだという。
こういうおじいさんに出会うと、心の底から「あ〜こういうおじいさんになりたい」と思う。
そしてハッとする。
私、女だからおじいさんにはなれない。
今、LGBTとか言われて、今後もっともっと性に寛容な考え方が普及して当たり前になったら、私もいつか急に「わしゃ、じいさんじゃ」とか言ってもいい時代が来るんじゃないかな。来ないか。なんてことを考えながらついでにSDGsについてもちょっとだけ考えて、SDGsについては考えるのをすぐやめた。(これ書かなくてよかったな、絶対要らなかったな)
とにかくいつかおじいさん a.k.a おいさんになってみたい。
おじいさんは発泡酒をあおりながらゆっくり喋るので思うように話が聞き出せないまま、私たちの順番がきてしまい後ろ髪を引かれながら店内へ。
間もなくおじいさんも入店してふたつ隣の席へ。
間には知らない青年がいたのでさすがに話しかけることはできず熱視線を送るのみ。
するとおじいさんは瓶ビールとラーメンを注文した。
私はと言えば、そんなおじいさんを見つめ、うっとりするばかり。
すると、隣の青年がビールのお酌をし始めた。なんとよくできた青年なのだ。
私はその素晴らしい光景をカメラに収めずにはいられなかった。(そしてなぜかちょっと悔しかった)
8席ほどある店内はひっきりなしにお客さんが入れ替わり、忙しそうなのにも関わらず、店員さんがとても丁寧で、おじいさんも常連さんなのか店内はすごくリラックスしたムード。
少しすると、食べ終わった青年は「おつり要りません」「いやいや、困ります」「いいんです」「いやいや、また来て下さい」なんてやりとりを店員さんとして、店を出ていった。(ちょっとでき過ぎじゃない?と思いながらもなんだか嬉しい気持ちになった。もうお腹いっぱいだぜ!)
青年の座っていた席が空いた隙を見計らって、取材の依頼をした。
「あの、私、記事を書いていて、もしよかったら取材させてもらえませんか!」
店内が少しだけ「おいおい、大丈夫か?詐欺とかじゃない?」という空気に包まれる。
おじいさんも少し警戒し、ビールを飲む手を止めた。
「佐伯の、元気な人を紹介する記事で、すごくあの、いい感じだったんで、えっと」と焦れば焦るほど怪しい。
「ここではアレなんで、もしよければまた後日、ご連絡してもいいですか?あ、いや、私の連絡先お伝えしておきますね」
紙切れに、いつになっても絶対にかかってこないであろう電話番号を虚しく書き記し、おじいさんに渡す。
あーもう完全に怪しいし虚しいし悲しい。涙。
恋人は、呆れ果てたのか混み合う店内のことを考えてか会計を済ませ「先に出てるね」と。
1/3ほど残っていたラーメンの味は、覚えていない。汁も飲み干した気がするけど全然、覚えていない。
私はこうして失敗と学びを繰り返しながら、まだ見ぬ佐伯のおいさんを探し続けるのであった。
「のであった。」とか言ってかっこつけても全然かっこつかないくらい完敗した話でした(ビールだけに)。
お後がよろしいようで。
※文中のおじいさんに関して「おいさんではないのか」とご指摘をいただきそうですが、今回は取材をさせてもらえなかったのでおじいさんという表記で統一しています。