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ドキュメンタリーシリーズ『DEEP SAIKI #3 サイキシミン』が語りかけてくるもの

大分県佐伯市在住のロックバンド「サイキシミン」。まだパンデミックが起きる前の、彼らのある1日に密着したドキュメンタリー映像『DEEP SAIKI #3』は、ライブハウスのない地方で音楽活動を続けることの孤独と、それでも「やらざるを得ない」というアーティストとしての性を炙り出した。サイキシミンの師でもあるボギーは、この作品をどう見たのだろうか?(2020.7.1 寄稿)

『DEEP SAKI #3 サイキシミン 』

ボギーの体験した佐伯市とサイキシミン

 「しょうもない人にも優しい街」という言葉がこの映像作品のインタビュー中にある。ぽろっとこぼれた何気ないひと言だが、そのひと言こそサイキシミンの音楽をすべて説明しているように思う。

 サイキシミンのリーダー大谷くんと出会ったのは夏の野外フェス「サンセットライブ」らしい。正直いうと自分はその出会いをまるきり覚えていない。自分はノントロッポというバンドで出演し、たまたまそのライブを見て声をかけてきた酔っぱらい客のひとりが大谷くんであった。

初対面時の大谷とボギー

 それから何年か経って「ボギーさんを佐伯の街に呼びたいんです!」と猛烈なライブオファーが大谷くんから届く。それまで聞いたこともない街の名前だった「佐伯」が、なんとも言えない愛すべき街に変わったあの日のことは忘れられない。

 2015年、はじめてライブで訪れた佐伯の第一印象は「ほんとうにお客さん来るのかなぁ?」というような田舎街であった。この街にライブハウスは無い。ライブ会場はミラーボールをぶら下げただけの普通の民家の畳部屋だった。ステージらしき絨毯が敷かれた背後は紅白の幕で仕切られており、その幕の裏をのぞいたら仏壇が隠されていた。生まれて初めての経験だ、仏間でライブするなんて。

ライブは大谷の友人自宅の仏間で行われた

 その日は近所の子供たちからおじいちゃんおばあちゃんまでたくさんのお客さんが集まってとにかく盛り上がり、最後はみんなで家中の鍋や桶や金だらいをパーカッションにして叩きまくる乱痴気騒ぎで終わった。「ライブハウスが無いなら、ある場所を使ってライブハウスにしちゃえばいい!」という発想は、最初からライブハウスがあって当たり前の街ではなかなか生まれにくい。おかげでとてもピュアな音楽体験をさせてもらった。

 ちなみにその日のオープニングアクトが大谷くんと江藤くん2人組時代のサイキシミンであり、お客さんとして来ていたのがのちの”赤フン”こと山岡だ。この日のボギーのステージを見て「俺も何かをやらなければ!」という衝動から赤フンを履くようになったという生粋のバカである。

仏間ライブの打ち上げ

 すっかり仲良くなったサイキシミンをさっそく福岡に呼んだ。ブードゥーラウンジというライブハウスで自分が企画しているイベント「ラウンジサウンズ」。ここには売れそうなエリートバンドはまず出ない、アンダーグラウンド・シーンのさらにアンダーグラウンドで蠢いているような、社会的ハミ出し者の楽園。そんな場所だ。

ブードゥーラウンジの「ラウンジサウンズ」

 ある日のこと「ラウンジサウンズ」の前日にボーカルギターの大谷くんから家庭の事情によりライブに来れないと連絡。そのときもやはり彼らは普通の発想ではなかった。「ドラムだけしか行けませんがライブやらせてください」ときたもんだ。

 たまに、ドラムが出れないんでとかベースが出れないんでキャンセルさせてくださいってバンドはいる。そんな時はきまって「残りのメンバーでなんか普段と違うことやってよ」と返すのだが、ドラムだけしか来れないのにやる!ってパターンは初めてだしそのチャレンジ精神だけでもう100点満点なのだが、事前に録画したボーカルギターの演奏映像をスクリーンから爆音で流しそれに合わせてドラムを叩くというこちらの予測を超える斬新な発想でライブを盛り上げたのだから大したもんだ。

 サイキシミンの何より素晴らしいところは、そういう”諦めないスピリッツ”だろう。

諦めた大谷

 この頃、大谷くんは『街』という歌を書いた。ライブハウスも何もない佐伯のことを「この街が大嫌い」と何度も何度もリフレインして叫び続け、決して「この街を愛してる」なんて歌わない。そのかわり「なんにもねえから諦めたくないんだ、確かめたいんだ、きみと」という希望に満ちた言葉ですべてを肯定して歌った。

 佐伯という街が産んだ大名曲だと思う。

 その後、サイキシミンはメンバーにベースのシュートくんと赤フン山岡が加入し4人組となる。冒頭で書いた「しょうもない人にも優しい街」という言葉は、根なし草のように生きてきたシュートくんの言葉だ。佐伯の街に流れ着き、彼らと出会い、音楽活動を共にする中で育まれたピュアな愛情がこもった言葉だろう。

「DEEP SAIKI #3」より

 いま、世の中はなんでもかんでも自己責任で他者を切り捨てている。金持ちは成功者で、貧乏人は敗者。搾取する側か、される側か。そんなつまらない価値観に踊らされ、心を潰されるくらいなら、なにもかも放り捨てて「しょうもない人にも優しい街」へ飛び込んでみたい。

written by ボギー(http://bogggey.blog.jp)「ヨコチンレーベル」代表。ボギー弾き語りのほか、バンド「ボギー家族」「nontroppo」「東京ノントロッポ」「奥村靖幸」や、イベント「ハイコレ」「ラウンジサウンズ」主催など、福岡県を中心にインディーシーンを引率し続ける音楽家。

サイキシミン:大谷慎之介と江藤光によって結成された四人組ロックンロールバンド。ライブハウスもない大分県佐伯市を拠点に活動を続ける。2018年より金井シュート、赤フン山岡が加入し現体制になる。19年、1stアルバム『シビン』が完成した。現在2ndアルバムをレコーディング中。

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